第一話 クエスト・ガイド

01 幼い頃の約束

「うづちゃん、俺、絶対、将来クエスト・ガイドになる…」

クエスト・ガイド001話01 「クエスト・ガイド?何それ、ねずちゃん」
「うん、今、俺が考えた職業。誰もやってない俺だけの職業さ」
「へー、どんな職業なの?」
「冒険者っているだろ」
「うん、いるね〜あちこち旅している人だよね」
「そうだね。だけど、今の冒険者って近場を冒険している人が殆どで本当の遠くを冒険している人って殆どいないんだってさ」
「そうなの…何で?」
「それは遠くの場所は未知の領域だからだよ。だから、少しずつしか進めない…」
「ふーん…」
「そんなのってつまんないと思うんだ。だから、俺、冒険者達に道とか教える職業に就きたいんだ。そのため、まずは、開拓して行こうと思ってる」
「危ないよぉ〜」
 九歴 卯月(くれき うづき)は幼馴染みの江藤 根角(えとう ねずみ)を心配する。
「あ、こら、江藤の所のガキ、卯月お嬢様にまたおかしな事吹き込んでるんだろ」
「おかしな事じゃねーもん。俺の大事な夢さ」
「まて、こら、お嬢様達に近づくなって言われているだろうが」
「へっへーんだ。じゃーな、うづちゃん」
「うん、バイバイ…」
 卯月は根角の事が大好きだった。
 根角はいつも色んな夢物語を語った。
 全て、外の世界には何があるとかだった。
 アイディアマンの根角は様々な夢想で卯月を楽しませた。
 時々、卯月の知らない場所の写真を撮ってきては彼女に見せたりもしていた。
 将来、本当にクエスト・ガイドという職業が出来て根角がその第一号になるのではないか…
 そんな根角の夢に自分も付き合いたいと思う卯月であった。
「じゃあ、私、女性初のクエスト・ガイドになる」
「そしたら、写真の場所に連れてってやってもいいかな…」
「ほんと?」
「ほんとさ!」
「約束だよ」
「約束だ」
 それが、根角とかわした幼い頃の約束だった。

 根角はその後、成長し、数々の冒険をした後、消息をたった。
 理由はよくわからない…
 だが、危険な冒険に出ていたため、死んだという説もあった。
 しかし、彼の功績は大きく、行方不明ながらも彼は若くして12企業からなる【冒険者委員会】の名誉委員長に就任した。
 それは、卯月と根角が18歳の頃だった。
 卯月は彼の夢を引き継ぐ決心をした。
 そして、また、時は流れる…


02 九歴家

「駄目だ、認めんぞ、私は!」
クエスト・ガイド001話02 「パパが認めなくても私はやるったらやるのよ」
「そんな事のために私は資金援助したわけではない!私はてっきりキャビンアテンダントかバスガイドの様なものだと思ったから援助しただけだ。お前達の花嫁修業としてな」
「資金援助については感謝してるけど、私はやるったらやるのよ」
「何でお前達6人は揃いも揃ってクエスト・ガイドなんて聞いたこともない職業にそこまで執着するのだ」
「私達の夢だからよ、お願い、パパ」
「危険を承知でそんな場所に娘を送る親が何処にいる?パパは絶対に認めんぞ」
「パパのバカ、もういい…」
 卯月は父、九歴 師走(くれき しわす)と衝突した。
 師走にとっては大切な娘達を危険地帯にやることなどもってのほかだった。

 娘達…というからには師走には他にも娘がいた。
 そう、卯月には姉妹がいるのだ。
 異母姉妹達が。
 男子の跡取りが欲しかった師走は6人の女性と同時期に関係を持った。
 そして、六人の女性はそれぞれ身ごもりそれぞれ出産した。
 それで生まれたのが、卯月達6人姉妹だった。
 他の姉妹の名前は生まれた順番に睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)、皐月(さつき)、水無月(みなづき)とつけられた。
 卯月は四番目に生まれたので一応、四女という事になっている。
 卯月の母親と師走は結婚したので、彼女が正妻の子供という事になっている。

 そんな複雑な九歴家だが、代々続く名家で様々な事業を展開して発展していった家柄だが、子宝には恵まれない家系で跡取り問題ではいつも苦労していた。
 そのため、師走は妾も含めて子作りをしたのだが、肝心の男子は結局、生まれず、娘達が6人生まれただけだった。
 小さい頃は誰が、父の後継者になるかでギスギスした家族関係だったが、今は行方不明の根角が仲を取り持って今はある程度、交流がある。
 年頃になった娘達に次々と見合いの話をもって行く師走だったが、娘達は悉くそれを断り、それぞれが会社を立ち上げたいと父に願い出た。
 全員がクエスト・ガイドと言うので、最近、若者ではやっている職業かと思い、よく調べもせずに娘達に資金援助した。
 それにより娘達は次々と会社を立ち上げ、そこの社長兼クエスト・ガイドに就任した。
 娘達はみんな、根角の事が好きで、彼の夢を引き継ぐために動いていたのだ。

 そして、しばらくして師走は秘書の口からクエスト・ガイドという職業の事を聞き、一転して反対しだしたのだ。
 だが、時既に遅し…
 手を回すに良いだけ回し…娘達は決して止めようとはしなかった。
 卯月の姉妹達も同じように頑として父の反対を聞き入れなかった。
 現在、娘達の会社以外にも12の関連企業がクエスト・ガイドの養成に取り組んでいて、協力関係を結んでいて来年の営業開始に向けて着々と準備が進んでいる。
 今は試験運営中だった。
 今更、師走の力でも事業自体を潰す事は出来なくなっていた。
 師走は気付くべきだった。
 娘達がずっと血の滲むような修行をしていたという事に…
 それが、全てクエスト・ガイドになるという目的のためだという事に…
 後悔先に立たずだった。


03 試験運用期間…

 卯月の姉妹達は少なくとも何人かは他にクエスト・ガイド候補を雇っているみたいだが、卯月の会社はまだ、従業員は卯月ただ一人だった。
 というのも、花形の職業にするために、クエスト・ガイドの制服の研究にも時間を割いていたため、従業員の面接などをしている暇が無かったからだった。
 他の時間は自らの訓練にあてていたため、募集はしなかった。
 だから、卯月だけは頼れるのは自分自身のみだけだった。
 たった一人でのスタート…。
 だが、それは根角もたった一人で冒険をスタートをしていた事から一緒にやっているような気分にさせた。

 今は試験運用期間…
 委員会の決めた試験官がテストをしてそれに合格出来なければ運営は更に一年引き延ばされてしまう…
 成績が悪すぎると営業停止もあり得る大事な試験だった。
 試験運用期間中に大きく分けて3000点満点の3つの試験が執り行われる。
 一つ目は筆記試験。
 医者や弁護士もビックリするくらいの高レベルの国家試験で1問1点で1000点満点の試験が行われる。
 そのテストで700点以上を出さないとその時点で失格という狭き門だった。
 二つ目と三つ目は実技試験だ。
 二つ目はクエスト・ガイドが弱くては話にならないので戦闘テストが行われる。1戦あたり100点満点で評価され、それが10回連続で行われる。
 5回までは試験官と…
 残る5回は実際に外の世界の者との戦いで行われる。
 もちろん、何が起きるか解らない…
 助けてもらった時点で、その戦いは0点。
 例え勝っても戦い方、戦術、武器の扱い方等が評価され100点満点になるとは限らない。
 それで、10回の試験の合計点数が700点以上でないと次の三つ目の実技試験に移る前に失格となる。
 三つ目の実技試験は運営試験。
 10人のモニターに参加してもらい、その10人を客として実際に近場に冒険に出てもらうというものだ。
 それを評価する審査官も一緒に同行するが、その審査官が助けに入った時点でそのモニターでの試験はやはり0点となる。
 あまりにも無謀と判断されれば、審査官が中止するが、客商売なので、基本的に冒険のプランは受験者に任せるというものだ。
 これも、モニター1人あたり100点満点で800点以上を取らないと失格となる。

 3つの試験を合計すると700+700+800で2200点以上という事になるが、三つの試験の合計は2400点以上を取らないと合格ではない。
 つまり、3つの内、どこかの試験で更に200点以上を取らないと合格として認めてくれないのだ。
 ぎりぎりの点数で合格という訳にはいかない…
 それが、この試験の難しさでもあった。


04 試験状況

 卯月は何とか3つ目の試験にまで進んでいた。
 他の姉妹達も同じ様な目にあっていた様だが、父、師走の妨害工作があり、一つ目の試験は他の受験生より2、3割以上難しい問題が選出されていた。
 これは、カンニングが出来ないようにと受験生、全員の試験内容が違うという事を逆手にとって娘達の合格率を下げるためにわざと難しい問題やイジワルな引っかけ問題を多く出して来たのだ。
 二つ目の試験も判定員の一人が師走の息がかかった人間で、娘達にかなり辛口の評価をしていたのだ。
 これは、師走の会社が大口のスポンサーだから出来た事だった。
 そのせいで、娘達はみんなぎりぎりの通過がやっとだった。
 三つ目の試験では卯月に至っては920点以上取らないと合格ではないという厳しい条件だった。
 大体の受験者が第一試験と第二試験で点数を多めに取って第三試験の接客試験で800点ぎりぎりの点数で合格する感じになっていたからだ。
 不可能では無いが、それでも、相当確率の低い合格率だった。
 最終試験の日付はランダムに決められ、娘達の試験日はみんなバラバラだった。
 卯月は一番最後の試験日だった。

 聞いていると、次々に姉妹達が試験を合格したという報告を受けた。
 下手をすると自分だけ不合格?
 そんな不安がよぎっていた。
 と言うのも他の姉妹は第三試験では850点〜870点くらい取れば合格ラインに達する状況だったからだ。
 卯月は920点を取らないと合格にはならない…
 モニターはどんな人達が来るかどうかもわからない…
 自分だけ不合格でもおかしくない状況だった。
「…審査官の人、遅いな…」
 審査官はどうやら到着が遅れているらしく、卯月は心配していた。
クエスト・ガイド001話03 「へ、へへ…君ぃ可愛いねぇ…」
 卯月と一緒に待ち合わせをしていた一人目のモニターがいやらしい顔つきで彼女を見ていた。
 ゾッと悪寒がしたが、商売なので、そんな事はおくびにも出さずに平然を装った。
 まさか父の差し向けた人間?とも思ったが、愛する娘にこんな人間を送り込む訳はないと思い直した。
 師走は娘達に危険な仕事に就いて欲しくないだけで、嫌がらせをしたいという訳ではないのだ。

「…お待たせしました…さぁ始めましょうか…」
 遅れていた審査官が到着した。
 フードを目深にかぶりお面をしている…。
 見るからに怪しい出で立ちだった。
 胸元のバッチを見ると…
「あっ…」
 卯月は声を漏らした。
 審査官の胸には九歴コーポレーションのバッヂが…。
 父の回し者は審査官…
 そう思った卯月は自分が不合格になってしまう事を意識した。


05 第三試験

「…じゃあ、初めて下さい」
「は、はい…」
 審査官の号令と共に第三試験が開始される。
 一日で行ける冒険を10日間、10人の客を案内する…
 それが第三試験だった。
 緊張して声がなかなか出てこない卯月…
 それを察してか審査官は
「どうかしましたか?」
 と聞いて来た。
 不味い、減点されてしまうと思い、慌てて、動き出した。
「牛田馬男さんですね。では、ご案内をさせていただきます」
 牛田馬男はもちろんテストなので、偽名だ。
 モニターには別の本名がある。
 だが、本名を使う必要はないので、ここでは偽名、偽プロフィールなどが使われていた。「へへへ、お姉さん、何処案内してくれんのぉ〜」
「ご案内する前に簡単な適正テストをしていただきます」
「はぁ?テスト受けてるのはあんただろ?なんで俺がテスト受けなきゃいけないんだよ〜」
「はい、冒険には危険が付きものです。ですから、それに適したお力がない方にはご遠慮をお願いしております…」
「おいおい、こっちは綺麗なねーちゃんといちゃつけるってゆーから参加したんだよ。聞いてねぇんだよ、こんなの…」
「…そうですか…テストをお受けしていただけないのであれば、申し訳ありませんが…」
「ふざけんなよ、このアマ」
 牛田午男は殴りかかって来た。
 それを軽くいなし
「…申し訳ありませんが、不適応です…。」
 と言った。
 それを見ていた審査官は
「…それで良いのですか?」
 と言ってきた。
「は、はい…この方は冒険に出る事は危険と判断しましたので、ご遠慮を…」
「…では、初日は冒険無し…という事でよろしいですか?」
「…はい…そ、そうですね…」
 卯月はダメかも知れないと思った。
 冒険の試験なのに冒険に行かない…
 そんな試験は聞いたことがない…
 審査官に助けてもらってはいないが、このモニターの試験が0点なら残り9人のモニターが仮に満点だとしても合格には20点足りない…
「…そうですか、では、明日の日程を…」
「明日は…」
 その後は何をどう言ったのか覚えていなかった。
 今回はダメかも知れない…
 審査官は父のまわし者だし…
 どうしようもない…
 だけど後悔したくない…
 だから全力を尽くそう…
 そう思った卯月は残り9日間、現在の自分が持てる全てを駆使して冒険の案内をした。
 後悔はなかった。


06 合格

 そして、最終日の案内が済み、翌日、審査官から第三試験の合計得点が発表される事になった。
「気分はどうですか?」
「はい、すっきりしています。例え不合格でも私は全力で取り組んだ。それは間違いありません。後悔していないです」
「…そうですか…では得点の発表に移ります。九歴 卯月さん…あなたは第二試験までの得点の合計が1480点ですね。合格するにはこの第三試験で920点以上取る必要がありますね…」
「…そう…ですね…足りませんよね?…点数」
「ネガティブに考えるのは関心しませんね…今ので減点2点ですね」
 今さら2点減点されようが不合格には変わりない…
 そう思った卯月だが…
「第三試験の合計点数は930点ですね。それから2点マイナスですから928点です…合格です、九歴 卯月さん」
「えぇ?…でもなんで…?」
「…何がですか?」
「…だってそれ…」
 卯月はバッヂを指した。
「…あぁこれですか…前の所有者がつけて…」
「え?」
「いえ、何でもありません」
「ははっ…受かっちゃった…」
 あまりの意外な結果に狐につままれた気分になった。
 時間差で喜びが増していき
「いやったぁ〜!!」
 卯月は大喜びした。

 一方、師走は
「どういう事だ?卯月も合格だと?私の用意した審査官はどうしたんだ?…何?気絶してた?どういう事だ?」
 やはり、審査官を息のかかった人間にしようとしていたのだが、試験日になって他の娘達の時の様に誰かに気絶させられていて別の人間が試験をして合格させていたという事だった。
 結局、師走は裏工作をして、娘達全員の不合格を画策しようとしたが、全員合格させてしまった。
 うなだれる師走。
 しばらく考えたのち…
「私だ…娘達の会社の事なんだが…」
 師走は一転、今度は娘達が死なないように全力でサポートする事に切り替えた。


07 合格出来た訳

 6人姉妹が全員、合格出来た訳…
 それはもちろん、本人達の努力もあるが、根角のお陰でもあった…
 訳あって正体を隠さなければならなかったが、審査官に成り代わって師走の妨害工作を食い止めていたのだ。
だから、最後の第三試験は正統な評価で査定された。

 とは、言えそれまでの第一、第二試験では妨害工作のために苦戦を強いられている。
 にも関わらず、高得点を出して合格出来たのはやはり根角との思い出が大きかった。

 冒険に出るため、人並み以上の努力を続けている彼に触発されて姉妹達も努力を始めた。
 そして、努力の成果を見てもらおうと根角の前で姉妹達はその腕前を披露した。
 結果は全然駄目と評価された。
 ちょっとした冒険に出るためにならそれもありだけどパイオニア(開拓者)になるには全然レベルが足りてないと評価したのだ。

 姉妹達はブーイングをした。
 ちゃんと努力をしているのに…と。
 その時に根角はこう言ったのだ。

 【他の人間もやっているような事をやっている事を努力と呼ぶのであれば、その人は一生、飛び抜ける事は出来ないだろうな…】
 と。
クエスト・ガイド001話04 これは、根角の愛読書【ファーブラ・フィクタ】という物語の主人公、吟侍(ぎんじ)が登場している少女に向かって言った言葉の受け売りでもあった。

 作中では天才的な才能を発揮する吟侍に対して、嫉妬し妬んだ少女が彼に嫌がらせをしたのだが、吟侍はすぐに犯人である少女を突き止めてしまった。
 少女は逆ギレし、何でも出来る天才に一生懸命努力しても上手くいかない人間の気持ちなんかわからないと言った。
 その時、吟侍は
「おいらは別に天才じゃないよ…」
 と言って前述の言葉を言ったのだ。
 そして、補足するように説明を続けた。
 吟侍の人生は人と同じ事をしていたら生き残れなかったから人がやらない努力を人が思いつかない工夫をし続けるしかなかっただけだ。
 結果は後からついてきた。
 それだけやっても全く、敵わない者(クアンスティータ)もいる…
 挫折を味わっているのはあんただけじゃない…
 というものだった。

 言われて見れば確かにそうだった。
 人と同じ事をしていても人より優れる訳がない…
 人のやらない事をコツコツとやり続けた者だけがその栄光を掴む事が出来るのだと。

 その事があったから姉妹達は他のクエスト・ガイドには無いサービス等を工夫し考えた。
 卯月の試験の時に最初のモニターが冒険に出るのにふさわしくないとテストをして判断して冒険を取りやめたのもその内の一つだ。
 独自のサービスを加えたからこそ、姉妹達は第三試験で他のクエスト・ガイドよりも高得点をたたき出すことが出来たのだ。

 姿は見えなくても、いつだって、彼は卯月達姉妹の道しるべになってくれる…
 根角はそんな青年だった。


08 運営開始 えぇ?ちょっと待って

 試験も合格し、晴れて営業開始となった卯月達姉妹の会社だったが、卯月の会社にとっては思いがけない問題が出た。
 それは、開拓冒険の事である。
 開拓冒険…
 それは、まだ、人類がたどり着いていない場所への最初の冒険の事である。
 クエスト・ガイドという職業は冒険者達に冒険の道案内等をするという職業である。
 つまり、前もって未開の土地に先に足を踏み入れて行かなければならない冒険をしているという事である。
 そうでないとガイドにならないからである。
 冒険者達に紹介するのは少なくとも2回目以降の冒険である必要があるのだ。
 それで、1回目の冒険となるのが開拓冒険という事である。
 当然、何があるか全くわからない…
 そのため、一人で開拓冒険に出るのは危険すぎると判断されて、開拓冒険に出る場合は少なくとも二人以上で行かなければならないというルールが定められたのだ。
 卯月にしてみればそんな話は聞いてないという事になる。
 だが、一人での冒険に出て根角の様に行方不明になったという例もある。
 冒険者委員会は根角の冒険を元に作られた組織だ…。
 この条件を覆すのはまず、無理だろう…

 クエスト・ガイドという職業の売りは他の会社には無い場所への道案内をメインとする。
 つまり、このままでは、試験運用中に行った場所以外は行けないという事になる…。
 それでは、他の会社に大きく遅れを取ってしまう…
 卯月にとっては死活問題だった。

「どどど、どうしよう…」
 あわてふためく卯月。
 今から新たなクエスト・ガイドを育てている余裕はない…
 卯月もクエスト・ガイドになるために何年も努力したのだ。
 0から育てる事を考えると運営出来るようになるのは何年先になることやら…。
 しかも育てた新人が無事にクエスト・ガイドの試験に合格出来るという保証はどこにも無いのだ…。
 これは困った…
 どうしようもない…
 そう言えば、根角にも
「うづちゃんは視野が狭いなぁ…」
 と言われていた。
 一方を見ると他が見えなくなってしまう癖がある…。
 これを何とかしないと八方塞がりになってしまう…。
 正に一難去ってまた一難といった状況だった。


09 溺れる者は藁をも掴む

「あぁ…私のバカ、何でもっと従業員を雇わなかったのかしら…」
 卯月が頭を抱えていると…
「何か、お困りですか?」
クエスト・ガイド001話05 オオカミの覆面をかぶった男性が事務所を訪ねてきた。
「え?…い、いえ、そんな…何でもないです…」
 卯月は誤魔化そうとしたが元々嘘が苦手なまっすぐ人間の彼女はすぐに顔に困ってますと表示されていた。
「…お困りのようですね…僕で良かったらお供しましょうか?」
「え?え?お供って」
「開拓冒険に出られなくて困ってらしたんじゃないんですか?見たところ、ここはあなた一人だけの事務所の様ですし…」
「なぁ…な、何でわかったんですか…それに、怪しい…何ですかその覆面は?」
「あぁ、これですか、すみません…顔に大きな火傷を負ってまして、人に素顔を見られたくないんですよ」
「そ、そうでしたか、それは失礼しました。でも、お気持ちは嬉しいのですが、開拓冒険なので素人の方と行く訳には…」
「えぇ、ですから僕は素人じゃありません。試験の時お会いしたじゃないですか。お忘れですか?」
「え?もしかして、もしかして、あの時の審査官の人?」
「えぇまぁ…」
「そそそ、そのせつは大変お世話になりました。クエスト・ガイドになれたのも貴方のお陰みたいなものです。ありがとう、ありがとうございます」
 よっぽど嬉しかったのか、喜びを表現する様に両手を握ってぶんぶん腕を振る。
「あれは、正統な評価ですよ。それにしても相変わらず、表情豊かですね…」
「え?相変わらず?」
「あ、いえ、何でも…試験の時も表情がコロコロ変わっていたもので…つい…」
「そ、そうでしたっけ?試験の時の表情はカチンコチンだったような気も…」
「そんな事はないですよ。この職業はスマイルが一番ですからね。良いことです」
「そうですかぁ〜ありがとうございます」
 卯月はさして疑いもせず、喜んだ。
 目の前にいる男性が探し求めていた男性だと言うことにも気付かずに。
 そういう点が鈍い卯月だった。
「どうしますか?僕で良いですか?」
「はい、渡りに船とはこのことです。よろしくお願いします。あの…審査官さんのお名前はなんとお呼びすれば…」
「…そうですね…僕の事は【Xくん】とでもお呼びください」
「え、Xくんですか?それはちょっと呼びにくいと言いますか…」
「一匹オオカミ君でもかまいませんが…」
「え、Xくんでお願いします…」
 卯月はかなり怪しいとは思ったが、藁にもすがる思いで、Xくんを雇う事にした。
 素性は全くわからないが試験の時の身のこなしからただ者では無いと思っていたので、その腕を信用して採用したのだ。
 何はともあれ、これで営業する事が出来るようになったのは喜ばしい事だった。


09 いざ、開拓冒険へ

「え、Xくんさん…」
「あぁ、立場は貴女の方が上なので、Xくんで良いですよ」
「じゃ、じゃあ、Xくん…あの、何処行きます?開拓冒険」
 卯月はXくんに最初の開拓冒険の行き先を相談する事にした。
 まずは開拓冒険に出ないとサービスが始められない。
 他の会社の様に人海戦術で一度に複数の開拓冒険に出ることも出来ないので、一度に2、3カ所くらいは回りたい所だった。
「…そうですね…卯月さんも経験が浅いので比較的、近場の開拓をお勧めしますよ。慣れて来てから徐々に遠方の地にも足を踏み入れて行く…それが妥当ではないかと…」
「そ、そうね、私もそう思います。遠方に一カ所回るより、近場で2、3カ所回って行ける場所を増やしたいし…」
「僕はまずは、ここをお勧めします」
「ここ…ですか?」
「はい、ここです。このあたりはビーチとして適した場所がありますからね。近場へ行く事になる冒険者達の多くはたいがい冒険とは名ばかりのリゾート地探索気分の方が多いですからね。サービスの一環としてここはまずおさえておくべきかと…」
「リゾート気分…何か私の思い描いていたのと違うような…」
「と言いますと?」
「何かこう、危険と隣り合わせのワッと来てガッと返すみたいな…」
「それは、むしろ遠方の冒険に多いでしょうね。近場ではそれほど危険な場所というのはあまり無いかと…でないと人が安心して住めませんし…」
「う〜ん…」
「…近場と言っても全く危険が無い訳ではありませんよ。だからこそ僕達が最初に安全を確認するんじゃないですか…」
「そ、そうね…」
「誰かがやらなきゃいけない仕事ですよ。選り好みは良くないと思いますけど?」
「そ、そうでした。ごめんなさい。反省します」
 どうも卯月は頼りなかった。
 これではどっちが責任者だかわからなかった。
「後、この場所からそう遠く無い位置に行くとなると、ココとココですかね…」
「ふむふむ…勉強になります」
 真剣な表情で頷きながらメモを取る卯月。
 それを見ていたXくんは…
「はは…」
「え?」
「あ、あぁ失礼…ちょっと懐かしいな何て…」
「何がです?」
「いや、懐かしい思い出を思い出してしまったような…」
「へぇ〜どんな思い出ですかぁ」
「…その人は良い所のお嬢様なんですけど、全然、お嬢様らしくないんですよ…ちょっとドジでどこか抜けているって言うか…何となく放っておけないって言うか…」
「幼馴染みか何かの方ですか?」
「えぇ、まぁそうですね…」
「良いなぁ…私にも幼馴染みがいるんですよね。私達姉妹の道しるべ見たいな人なんですけどね」
「そ、そうですか…」
 まさか、Xくんの言っている幼馴染みが自分のことだとは夢にも思わず、卯月は根角との思い出話を語った。
 Xくんも幼馴染みの名前を伏せて語った。
 同じ思い出話をしているのだが、それが同じだと気付いているのはXくんの方だけだった。
「へぇ〜何だかXくんとは昔からの知り合いみたい。話が聞けて良かったです」
「そ、そうですか?それは良かった…」
「お互い、良い冒険をしましょう」
「そうですね。頑張りましょう」
 出発前に卯月はXくんと誓いの握手をした。


10 第一の開拓冒険

「ね、ねぇ…どうしても着替えなきゃ駄目?」
「そうですよ、何のために水着を持ってきたと思っているんですか?」
「でも、何だかこれ、恥ずかしいよ…」
「卯月さんには会社の広告塔になってもらわないといけませんからね。これからこういうお仕事も増えると思いますよ」
「えぇ〜Xくんじゃ駄目なの?」
「僕が水着に着替えて誰が喜ぶんですか?」
「着ぐるみ好きの女の子とか?」
「近場の冒険での大半はリゾート気分を楽しみたい女性達とそれに群がる男性達です」
「うぇ〜ん、恥ずかしいよぉ〜」
「試験に比べたら遙かに楽でしょ。覚悟を決めて下さい」
「はい…」
 観念する卯月…
 それを見たXくんは後でこっそり隠し撮りして自分のコレクションに加えよう…とちょっと邪な気持ちを持っていた。
 第一の開拓地での二人の仕事分担は…
 まず、Xくんが辺りに危険が無いかを調査する。
 次に、安全が確認されると食料の調達。
 食べられる物かどうかの調査もする。
 そして、その後は卯月が水着に着替えて写真撮影。
 終わったら、場所を移して、また、Xくんが危険が無いかを調査する事を始める。
 というのを繰り返して、安全地帯を出来るだけ多く増やしていって、それをマップに書き込む作業をするというものだった。
 さして危険も無い…
 そう思われた第一開拓地だったが…
クエスト・ガイド001話06 「きゃああぁぁぁぁっ…」
「どうしました?っておわっ」
「こっち来ないで、見えちゃう…」
「こ、これはいけません…鼻血が…いや、水着を溶かす生物がいたとは…」
 少し沖での撮影中、突然、慌てる卯月に何かあったのかと近づくXくん…。
 どうやら海中に布を溶かす成分の墨を吐くタコがいたようだった。
 しかもそのタコ…
「ちょっと…放して…いや…くすぐったい…」
 どうやら女性が好きなようで卯月に絡みついて離れようとしなかった。
 これはこれでエッチな画像が…
 いやいや、そんな場合ではとエロダコを追い払い溶けてしまったブラの代わりにXくんはタオルを差し出した。
「いけませんね…タコに要注意…と」
「もう、いや…こんなの…」
「いえいえ、大発見でしたよ。これで、女性達に注意を促せますし。あまり沖には行かない方が良さそうですね。大手柄ですよ、卯月さん」
「ひーん、嬉しくないよぉ〜」
 この様な事を繰り返していくつかの注意点などを明記し、第一の開拓冒険を終えたのだった。


11 第二の開拓冒険

 二つ目の開拓冒険地はどうやら古代遺跡の様な場所だった。
 古代遺跡と言ってもかなり小規模でせいぜい2、30人くらいが生活していたくらいのレベルの場所だった。
 あまりにも小さいので今まで見つからなかったといった所だろう。
 本当はその先のジャングルが目的地だったのだが、この遺跡を偶然、発見したので急遽、この場所を第二の開拓冒険の地としたのである。
 未開発の場所へと足を踏み入れるという事は予定外の事も度々起きる。
 場所の変更もその内の一つと言えよう。
「Xくーん、こっちに何かありますよ〜」
「何ですか、…あぁこれは…またまた、大発見ですよ、卯月さん。貴女は開拓神(かいたくしん)に愛されているのかも知れませんね」
「へへ〜そーかな?」
「おだてに弱く、騙されやすそうなのが玉に瑕ですけどね(笑)」
「あー言ったな〜気にしてるのに〜」
「それは失礼…でも僕は好きですよ。無邪気で」
「それ、褒めてるの?」
「そうですよ」
「何か子供みたいとバカにされているような…」
「そんなことはありません。冒険者もそうですが、クエスト・ガイドにとって必要な要素の一つは純粋な探求心だと僕は思っています。そういう意味では卯月さんは他のクエスト・ガイドさん達より優れていると思いますよ」
「そうかな〜…それ褒められてるのかな〜」
「褒めてますよ。夢を無くした開拓者なんておかしいですからね。卯月さんは開拓者の素質があると思います」
「ありがと。Xくんがいなかったらまだまだ、ダメダメな私だけど、一日も早く一流のクエスト・ガイドになるように頑張るよ」
「期待してますよ」
「うん」
 何となく、Xくんと一緒に居るのが落ち着いて良い感じだな…
 卯月はそう思った。
 根角みたいに頼りになる…
 そう思った。
 そこまで思っていても正体が根角だと気付かないのが卯月らしいのではあるが…

 卯月が第二の開拓地で発見したのは古代のスイッチだった。
 どうやって作り出したのかは不明だが、縦3つ横3つの九つの穴にある一定の法則で小石を入れていくと地下に仕掛けてある仕掛けが作動して何かがあるらしい事がわかった。
 仕掛けは複雑でなかなかわからなかったが、二つだけ…
 地下のヒカリゴケが鏡に反射して天然のライトアップをしてくれるという事と隠し井戸の出し入れが出来るという事はわかった。
 夜にライトアップすれば幻想的な雰囲気を楽しめるだろう…

 クエスト・ガイドは謎を全て解く必要はない…
 それは冒険者達の仕事だからだ。
 謎を全部取ってしまったら冒険者達の楽しみを奪うという事になってしまう。
 クエスト・ガイドは冒険者達のある程度の安全を守れれば良いのだ。
 だから、クエスト・ガイド達は大体の謎の在処を把握し、その危険度を推測するというところまでが仕事だった。

 この場所ではさして危険なことはなさそうだった。
 後、推測出来た事は遺跡の大きさから判断して、この遺跡の古代人は現在の人類より平均、20センチ程低い身長だったのではないかという事くらいだった。


12 第三の開拓冒険

 三番目の開拓冒険はボスのいる危険な場所だった。
 クエスト・ガイドの仕事はボスの確認とそこに巣くうモンスターの確認が主な仕事だった。
 卯月の好みから言えば、この仕事が一番やりたかった仕事でもあった。
「さぁ、かかってきなさいモンスター」
 目がメラメラと燃えている。
 序盤からやる気満々と言った所だった。
「卯月さん…言っておきますけど、我々の目的はモンスターを倒す事ではありませんよ」
「え?違うの?」
「もはや、天然ですね…モンスターやボスを倒すのは冒険者の仕事です。我々が倒してどうするんですか…」
「そうなの?なんかちょっとがっかり…」
「モンスターを倒したかったら冒険者になって下さい。我々の目的はモンスターやボスの生態調査、及びお宝の所在の有無の確認などです」
「えぇ…そうなの?」
「惚けてるんですか?今、あなたに合格させた事をちょっぴり後悔しましたよ」
「わ、わかってますよ。冗談です。冗談。本気にしないでくださいよ〜」
「…どこまで冗談なんだか…」
「えへへ…」
 笑って誤魔化す卯月だったが、本当は知りませんでしたと顔に書いてあった。
 だが、こんな所でもめていても仕方なかった。
 卯月はXくんと第三の開拓地に住むモンスターを調査し始めた。
 この場所は湿地地帯で地面がぬかるんでいてかなり歩きにくかったため、足をとられ、モンスターに攻撃されそうになったり結構危ない場面もあった。
 だが、これこそ冒険!と俄然やる気になる卯月だった。
 Xくんとの見事な連携で危険を避けて来て無事にボスの間までたどり着いた。
クエスト・ガイド001話07 ボスは三つの首を持つオオトカゲだった。
 この地方の固有種らしい。
 大きい。
 体長は12メートルと言ったところか…
 ボスの右側の首がファイヤーブレスを噴いた。
 卯月は華麗な身のこなしでそれを避けると
「ボスの属性は火と…」
 とつぶやいた。
 するとXくんが叫んだ
「違う、来るぞ!左!」
「へ?うぁ…って、危ない」
 ボスの左側の首がコールドブレスを噴いたのだ。
 属性は単純に火という事では無いらしい。
 右側が火で左側が氷…
 だとすると中央の首も何か別の特性を持っている可能性がある。
 卯月はそう予想した。
ビカッ!ガラガラガラ
ドカン
 卯月の予想通り、中央の首からは別の属性、サンダーブレスが来た。
 そして…
「卯月さん、もう良いです。大体わかりました。後はお宝を確認して帰りますよ」
 Xくんが撤収の指示を出す。
「え〜もう?これからが良いところなのに…」
 卯月は何故か残念そうだった。
 だが、ボスは簡単には帰してくれなかった。
 執拗に卯月を追いかけ回す。
「ちょっ、ちょちょちょ、ちょっと待ってぇ〜もう、しない、何もしないってば〜見逃してぇ〜」
 卯月は逃げ回る。
 その隙にXくんはお宝の所在を確認し、
「こう、するんです!」
 と左側の首を右側の首の方に蹴り飛ばした。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
 大きなうなり声をあげるボス。
 左右の首の属性は反属性にあたり、接触すればダメージを与える事ができるとふんだのだ。
 だから、ずっと中央の雷属性の首を基準にして、右の首は左に、左の首は右に決して向かなかったのだ。
 Xくんはそれを冷静に判断して機転を利かせたのだ。
 冒険に関しては卯月よりXくんの方が一枚も二枚も上だった。
 彼女とは役者が違うといった感じだった。
「すごい、倒したの?」
「違います。倒してません。あの程度で倒れるならボスとは言いません。反属性同士接触してちょっとショックを受けただけです。長居は無用です。逃げますよ」
「あ、はい…」
 二人は第三の開拓地を後にした。


13 寄り道

 とりあえず、目的としていた三カ所を回り、二人は帰り支度を始めた。
「あ、あのさ、Xくん…帰りにちょっと寄り道して良いかな?」
「奇遇ですね。僕もちょっと寄りたい所があると言いたかったんですよ」
 二人はマップを見て寄り道の場所をお互い指さした。
 幸い、二人の寄り道の場所は近い位置にあるらしく、今の場所から事務所に戻るまでにはXくんの行きたいところを回ってその後に卯月の行きたい所を通り、戻った方が近かった。
「じゃあ、Xくんの所を通って、私の所に寄って戻るって事で」
「いや、ちょっと遠回りになりますけど、卯月さんの所を先にって事で…」
「え?何で?」
「その方が都合が良いんですよ」
「ふーん…まぁ良いか…じゃあ、それで…」

 卯月の寄りたかった所…それは幻の畑とされるモンスターが作る畑でモンスターエデンと呼ばれている場所だった。
 ここは既に試験期間中にきていた場所だったので、開拓冒険とは言えなかったが…
「この畑で作られる怪物芋…名前からすると大きいイメージがありますけどね…とてもちっちゃいんです。そのお芋…幼馴染みの大好物なんですよ…だからここへ来た時は少しだけお裾分けをいただいているんです」
 幼馴染みとは根角の事だ。
(覚えていたのか…)
 Xくんはそう思った。
「…一ついただいて良いですか?」
「はい、どうぞ、噴かすとおいしいですよってそれ生ですよ…」
クエスト・ガイド001話08 「生でもね…結構いけるんですよ…栄養学的には駄目なんですけどね(笑)」
 Xくんは美味しそうにゆっくりと噛みしめた。
 そして…
「ありがとう…嬉しかった」
 と言った。
「いえ、どういたしまして…どうしたんですかちょっと涙声みたいな感じですけど?」
「何でもありません…それより、そろそろ良い頃合いです。僕の方の寄り道に付き合ってもらえますか?」
「はい、良いですよ」
 そう言うとここからそう遠く無いXくんの指定した場所に歩いて向かった。
 道中…
「…本当はね、僕は今回だけにしようと思っていたんですよ…貴女と冒険をするのは…」
「そう…ですか、それは残念です…冒険、とても楽しかったですから…出来ればまた…と私は思っていたんですけど…」
「僕もですよ」
「え?」
「僕も貴女と一緒に冒険がしたいです。僕もとても楽しかった。だから、お別れするのをやめました」
「はい?あの…意味が…?」
「僕は訳あって、まだ、覆面を外せません。こんな僕でも一緒に居て良いですか?」
「…はい。こちらこそよろしくお願いします」
「覆面は来るべき時が来た時には外します。それまで待っててくれますか?」
「外したくないという人から無理矢理取ろうとなんて思いませんよ。外しても良いと思った時に取ってください」
「…ありがとう…着きました…ここが僕が寄りたかった所です」
クエスト・ガイド001話09 「え?…わぁ…」
 卯月が見たのは森の隙間から見える夕日だった。
 特別に美しいという訳でもない…
 でも、この光景は見たことがあった。
 小さい頃…
 写真でだ。
 根角がどこかで写して来た写真の場所にそっくりだった。
 小さい頃、その場所に連れて行け連れて行けとだだをこねた事もあった場所の一つだった。
「ねず…ちゃん…なの…?」
 卯月がつぶやく…
 さすがに鈍い卯月でも次第にXくんの正体に気付き始めた…。
 頬に涙がつたう…
 生きていた…
 生きていてくれた…
 会いに来てくれた…
「うぅ」
 嬉しさのあまり嗚咽が漏れる。
 だが、訳あって顔を隠しているという事を思い出し、Xくんに話を会わせる。
「え、Xくん…こ、ここは…」
「ここは、昔、幼馴染みがこの場所を移した写真を気に入ってここに連れてけ、連れてけときかなかったんですよ。だから僕はこう言ってやりました」
「お前がクエスト・ガイドになれたら連れてってやるよ…」
「…えぇ…そうです」
「その人…立派なクエスト・ガイドになれましたかね…」
「えぇ…なれたと思います。少なくとも僕はそう信じていますよ」
「ありがとう…うぇぇほんどぅにありがとう…」
「泣くような事は僕は言ってませんよ」
「そ、そうですよね…えへへ、すみません…」
「夜も近いし…帰りましょうか」
「はい…」
 こうして二人の寄り道は終わり事務所へと帰路についた。


14 【卯月クエスト・オフィス】営業中

「こんにちは〜ポスター見て来ました〜」
 女性客が卯月の事務所【卯月クエスト・オフィス】への最初の客として訪れた。
 第一の開拓地【クリーミービーチ】で撮影した卯月の水着写真の効果だった。
「いらっしゃいませ。【卯月クエスト・オフィス】社長兼クエスト・ガイド、の九歴 卯月と申します」
「あ、ポスターの人だ。やっぱり実物の方がもっと可愛い〜水着も良かったけどこの制服も良いな〜って思ってさ〜」
「この制服は当店オリジナルの制服になります。まだ、クエスト・ガイドは確立されたばかりですので、決められた制服というのは存在しないんですよ。クエスト・ガイド・オフィス毎に独自の制服で運営しております」
「うんうん、それで、私達は制服の可愛さでここに決めたんだよね〜他の会社は規模は大きいみたいだけど、制服がまだ、ちょっとね〜」
「ありがとうございます。実は制服には時間をかけて作っていましてそこを褒められるとつい嬉しくなってしまって…えへへ」
「卯月社長、接客中ですよ」
「あ、ごめん、Xくん、つい嬉しくって…」
「Xくん?」
「あぁごめんなさい。内の従業員です。怪しく見えるかもしれないけど、怪しくないので怪しまないで」
「ぷっ、あっはっは、あ〜おかし〜なんか面白い、ここ。私、気に入っちゃった。じゃあ、【クリーミービーチ】プランでお願いします」
「はい、ありがとうございます。」
 初めての営業は上手く行きそうな感じがした。
「社長…」
 Xくんが事務所の外を指さす…
 そこには…
「ちょっとパパ、何してんのよ、営業妨害よ、どっか行って」
「私はだなぁ〜お前が一人でやっていけるかどうか心配で…他の子のようにもっと従業員を雇うべきではないかと…」
「今は二人で十分…いえ、二人が良いの!だから邪魔をしないで」
「おい、まさかあの変態オオカミ男と何かあるんじゃ…」
「パパが思っているような事は何もないわよ。今はね」
「今はって、その内何かあるのか?」
「さぁ〜それはどうでしょう?」
「ぱ、パパは許さんぞ、あんな何処の馬の骨ともわからん…」
「馬の骨じゃなくてオオカミさんだよ。だから私、食べられちゃうかもね?」
「なんだとー許さん、許さんぞ私は!!」
「はいはい、邪魔だからどいたどいた」
「卯月、パパの話を聞きなさい」
「べぇ〜だ!」
クエスト・ガイド001話10 卯月はペロッと舌を出し、父、師走を追っ払った。
 娘を心配して来てくれるのはありがたいが、試験の時の妨害工作の仕返しとばかりにちょっぴりイジワルをしてみた卯月だった。
 師走に心配されるのも解った。
 姉妹達や他のクエスト・ガイド・オフィスの様に大所帯ではないので、どうしても他のクエスト・ガイド・オフィスよりも出遅れてしまっている事は否めない。
 だけど、それはそれでも良いと思っている。
 だって、好きな人と一緒に商売が出来るんだから…
 そう思う卯月の顔は十分幸せそうだった。

 今日も良い天気で冒険日和。
 頑張らなくちゃ。
 卯月は今日も元気です。

登場キャラクター説明

001 九歴 卯月(くれき うづき)

九歴卯月 このお話の主人公。
幼馴染みの根角(ねずみ)の夢を引き継いでクエスト・ガイド(冒険案内人)を目指す女性。
6人姉妹の4女で他の5人は全て異母姉妹。
前向きなのは長所だが、注意力がいまいちたりず、おっちょこちょいでもある。
心情的な事に対してはかなり鈍い分類にはいる。









002 江藤 根角(えとう ねずみ)=審査官=X(エックス)君

X君 卯月の幼馴染みの青年。
卯月達6人姉妹の目標の存在でもある。
十八の時に行方をくらましている。
姿を隠して、姉妹の試験の審査官となりX(エックス)君として卯月の会社に入る。











003 九歴 師走(くれき しわす)

九歴師走 九歴グループの総帥にして卯月の父。
最初は危険な仕事であるクエスト・ガイドに娘達がなるのに反対して、妨害工作をする。
が、次々と合格する娘達を見て気持ちを変える。












004 牛田 馬男(うしだ うまお)

牛田馬男 卯月のクエスト・ガイドの試験に参加したモニター。
冒険に出る実力がともなっておらず、卯月に冒険には連れて行けないと宣告された。
性格はあまり良くない。












005 芦柄 吟侍(あしがら ぎんじ)

芦柄吟侍 この物語では架空の創作の物語とされている【ファーブラ・フィクタ】の主人公。
根角もそうだが、根角の影響から卯月達姉妹の冒険の教科書として彼の行動は使われる事になる。